東京地方裁判所 昭和43年(ヨ)4474号 判決 1969年5月22日
債権者 藤陵教
<ほか四名>
右五名訴訟代理人弁護士 寺口健造
債務者 宮下勇蔵
右訴訟代理人弁護士 小林秀正
主文
債権者らの本件仮処分申請を却下する。
訴訟費用は債権者の負担とする。
事実
(当事者双方の申立)
一、債権者
「債務者の別紙目録三記載の建物(但し別紙図面中、(34)ないし(42)、(3)、(34)の各点を順次直線で結んだ範囲の部分を除く。)に対する占有を解いて、東京地方裁判所執行官に保管させる。執行官は債務者にその使用を許さなければならない。ただし、この場合においては、執行官は、その保管に係ることを公示するため適当な方法をとるべく、債務者は、この占有を他人に移転し、または占有名義を変更してはならない。債務者は、その所有名義の別紙目録三記載の建物について、譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない」との判決。
二、債務者
主文第一項と同旨の判決。
(申請の理由)
第一被保全権利
一、申請外亡藤陵章成を原告とし、債務者を被告とする東京地方裁判所昭和三一年(ワ)第六、一三八号建物収去土地明渡請求事件につき、昭和三六年一〇月二五日の第三三回口頭弁論期日において、次のような条項を含む和解が成立し、その旨が口頭弁論調書に記載された。
(一) 債務者は章成に対し別紙目録一記載の土地(以下「甲区」という。)を昭和三八年一二月三一日までにその地上に存在する建物その他の物件を収去して無条件にて明渡しかつ昭和三六年一〇月一日より明渡済まで一ヶ月一坪について金二五円の割合による損害金を毎月末日限りその月分を章成方に持参して支払うこと。
(二) 章成は債務者に対し別紙目録二記載の土地(以下「乙区」という。)を次のとおりの約定で賃貸してこれを引渡した。
(1)目的 (a)土地について木造映画館敷地
(b)土地について木造住宅敷地
(2)賃料 (a)土地について一ヶ月一坪につき金七〇円
(b)土地について一ヶ月一坪につき金三〇円
(3)期間 昭和五六年一〇月三一日まで
(4)債務者が建物を新築、改築、増築または大修繕するときはあらかじめ章成の承諾を受けること(以下「特約」という。)
(三) 章成は、債務者が前記(二)、(2)記載の賃料の支払を怠り、その額が四ヶ月分に達したとき、前記(一)、(二)記載の条項に違反したときは、催告を要しないで直ちに前記(二)記載の賃貸借契約を解除することができる。
(四) 前記(二)記載の賃貸借契約が前項記載によって解除されたときは、債務者は章成に対し乙区土地をその地上に存在する別紙目録三記載の建物(但し、別紙図面中、(34)ないし(42)、(3)、(34)の各点を順次直線で結んだ範囲の部分を除く。)およびその他の物件(新設建物を含む)を収去して明渡し、かつ契約解除の翌日より明渡済まで賃料と同額の損害金を支払うこと
以上
二、債権者藤陵教は章成の妻であり、その他の債権者らはいずれも章成の子であるが、債権者らは昭和三五年二月一一日右章成の死亡によりその相続人として同人の権利義務を承継した。
三、債務者の本件和解条項違反の事実
1 債務者は、前記条項(一)の約旨にも拘らず、甲区土地上に存在する建物その他の物件を収去して該土地を債権者らに明渡さない。
2 債務者は、昭和四二年六月中旬頃から賃借地である乙区(a)土地上に一部跨って建築所有していた別紙目録三記載の映画館(以下「本件建物」という。)を、債権者らに無断でスーパー・マーケットにするための工事に着手し債権者らの差配人池和田三男の中止要求を無視してこれを完了した。右工事は映画館正面出入口の間口二間を四間に拡げ、同じく裏側の出入口を拡張し、北西および東南の両側面の二階部分は一階より張り出した出窓を設け内部の一階部分の観客席、舞台、映写室および二階部分の階段状の観客席を全部取り除き、内部地上に鉄骨コンクリート捲きの柱(一七・五センチメートル×二八・五センチメートル角)を左右に各三本立て、その上に鉄製の梁を一本宛計三本横に渡して天井および床を張り、一階部分を日用品売場とし、二階部分を九区画に仕切って畳を入れ、住宅用に変えたもので、前記条項(二)、(4)の改築、大修繕に該当する。
四、そこで債権者らは、前記条項(四)の規定により昭和四二年一〇月一三日債務者に到達した内容証明郵便で乙区の土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
五、よって債権者らは、前記条項(四)に基づき債務者に対し、乙区地上の建物を収去して右土地の明渡を求めうるものである。
第二保全の必要性
一、債権者らは、昭和四二年一一月一八日本件和解調書により債務者に対し強制執行をするため承継執行文の付与を受けたところ、債務者は東京地方裁判所に請求異議の訴(同庁昭和四二年(ワ)第一三、一七八号)を提起するとともに強制執行停止の申立をなし(同庁昭和四二年(モ)第二、六七五号)同年一二月二二日右債務名義に基づく別紙目録二、三の物件に対する強制執行は本案判決があるまで停止する旨の決定を得た。
二、債権者らは申請の理由と同旨の主張をして右請求異議の訴に応訴中であるが、右訴訟で勝訴してもそれまでの間に本件建物の占有を移転され、または所有名義を移されたときは、本件和解調書正本を債務名義とする執行は著しく困難になるおそれがある。
よって債権者の申立掲記の判決を求めるため本件申請におよんだ。
(債務者の答弁および抗弁)
一、答弁
1 申請の理由第一の一および二の事実はいずれも認める。
2 同第一の三、1の事実および同2の事実中、債務者が乙区(a)借地上に一部跨って建築所有していた映画館について債権者らの主張するような改修工事をしたことは認める。その他の事実は否認する。
3 同第一の四の事実は認める。
4 同第二の一の事実は認める。
5 同第二の二の事実は争う。
二、抗弁
1 本件和解条項中の無断増改築禁止の特約は、すべての増改築工事、大修繕をなすについてその理由、工事規模、程度内容の如何を問わず賃貸人の承諾を要するものとしているが、これは借地法の趣旨に背反し借地法第一一条により無効なものと解すべきである。
2 仮に右特約が有効であるとしても、本件建物の改修工事は次に述べるとおり借地利用上相当であり、債権者らに対する信頼関係を破壊するおそれがあるとはいえないから、右特約違反を理由とする解除権の行使はその効力がない。すなわち、(イ)品川区内にあるいわゆる三流映画館は、昭和三七年頃より観客数が減少して経営が困難になりはじめ、昭和四〇年頃より相次いで閉鎖され、スーパー・マーケットや倉庫などに改造されてきた。このように映画館からの転向は従来の建物の構造、規模からしても簡単にできて既存建物を利用して借地の効率を増す方法で且つ映画館、スーパーマーケットも共に不特定多数の観客を相手にする商売という共通点もあり、近年とみに斜陽化した場末映画館経営者の多くが辿る転換の途である。(ロ)債務者は昭和三〇年本件建物を建築し、昭和四二年二月まで品川日活映画劇場の名称で営業してきたが、それ以上の継続が困難となり債権者の主張するような改修工事を行ったものである。本件建物は、この改修工事の前後を通じて、共に商業用の店舗で土地利用目的も同一であり、新設された二階の居住区域はマーケットの管理人並びに店子の住居の用に供されるが、これは本来の建物利用に附随したものである。また改修の前後を通じて建物の同一性も失われていない。右(イ)、(ロ)の事情を勘案すれば本件改修工事は借地の効率的利用のため通常予想される合理的範囲を出ず、債権者らに著しい影響を及ぼさないものとみるべきである。
(債務者の抗弁に対する債権者らの答弁)
抗弁1の点は争う。
抗弁2、(イ)の事実中、本件建物がもと映画館であったことは認める。その他の事実は否認する。
抗弁2、(ロ)の事実はいずれも否認する。
(疎明関係)≪省略≫
理由
一、申請の理由第一の一および二の事実は当事者間に争いがない。
二、次に債務者の本件和解条項違反の事実についてみると、債務者が債権者らに対し未だに甲区土地上に存在する建物その他の物件を収去して右土地を明渡していないこと、債務者が賃借地である乙区(a)土地上に建築所有していた本件建物(映画館)について債権者ら主張するような工事をしたことは当事者間に争いがない。
右工事は、それが建物の主要な構造部分に及んでいる規模程度からみて前記和解条項(二)、(4)のいわゆる改築に該当するものとみるべきである。
そこで、右改築についての債権者らの承諾の有無を判断すると、≪証拠省略≫によれば、債権者らは債務者に対し本件建物の改築について何ら承諾を与えていなかったことが一応認められ(る。)≪証拠判断省略≫
三、次に債権者らが債務者に対し本件和解条項の違背を理由に乙区土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
そこで債務者の抗弁について判断すると、本件増改築禁止の特約は賃借人の用法義務に基づく特約であるからいちおう有効と解されるが、借地法において借地人の地位を安定させ、宅地利用関係を合理的に維持しようとする趣旨からいって、一般に増改築が借地人の土地の通常の利用上相当であり、土地賃貸人に著しい影響を及ぼさないため、賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは、右特約に基づき解除権を行使することは許されない。(最高裁判所昭和四一年四月二一日判決参照)というべきである。
これを本件についてみるに、債務者が本件建物を映画館として使用していたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、本件建物は昭和三〇年に建築され、昭和四二年二月まで前記のように映画館として使用されていたが、その頃品川近辺の約八軒の同業者のうち五軒までが経営不振のため営業替えをよぎなくされ、債務者もその例にもれず廃業のやむなきに至ったこと、債務者が約四〇〇万円余の改築費をかけて同年三月から同年九月までの間に本件建物をスーパー・マーケットと共同住宅に造りかえたことが一応認められる。しかしながらこの映画館の一階部分をスーパー・マーケットに改築したことは、不特定多数の顧客を相手にする商業用のものという点では共通し、借地の通常の利用上相当であるとみられないではないが、二階部分につきコンクリート捲き鉄骨柱をたて、従来吹抜けの部分に鉄骨の梁をわたして、二階の床を作り九区画に仕切っていずれも居宅に改築したことは(この点は当事者間に争いがない)、建物の維持保存の程度をこえてその朽廃の時期を著しく伸長することになるほか、映画館と比較してかなり市場性をもつ共同住宅兼店舗の場合には、建物の買取価格および更新拒絶の際の正当事由の判断等につき賃貸人に重大な影響を及ぼすものというべく、建物が右改築の前後を通じて同一性があり、一階部分が従前と同様商業目的に利用され、二階は単に右利用に附随したものにすぎないとの理由で賃貸人たる債権者らの立場を無視してよいというものではない。
また仮に右改築が土地の通常の利用上相当であるとしても、当事者間の継続的な信頼関係を前提にし、土地利用関係の円滑をはかる目的で、右利用関係について紛争が生ずる前に裁判所の関与を認めようとする借地法第八条の二の趣旨からすれば、契約の当事者はまずこの手続にのっとって利用関係の調整を図ることが期待されているものというべきところ、債務者がこの許可の裁判の申立をしたか或は裁判所外において債権者に対し右と同視しうるような申込みないしは提供をなしたことについてはその主張疎明もなく、他に債務者の右改築工事の強行によって賃貸人たる債権者らの信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りない特別事情の存在を認めるに足りる疎明はない。
四、そうだとすると、債務者の甲区土地明渡義務違背および無断増改築禁止の特約違反を理由とする債権者らの解除権の行使は有効とみるべく、これにより債権者らは債務者に対し本件和解条項(四)により乙区土地の明渡を求めうるし、その執行のために新たな債務名義はいらないものといわねばならない。
五、次に保全の必要性について判断する。
申請の理由第二の一の事実は当事者間に争いがない。しかし仮の地位を定める仮処分ではなく執行を保全するための仮処分を求めている本件にあっては、債権者らが和解調書により直ちに強制執行をなしえない事情があるからといって当然に保全の必要性が認められるものではない。不動産の係争物に関する仮処分としていわゆる処分禁止或は占有移転禁止の仮処分(第一次仮処分という。)がなされた後に、被申請人がこれに違反した処分をなし或は第三者が占有をはじめた場合、申請人は当然には自己との関係で右処分を無視し或は明渡等の断行の仮処分(第二次仮処分という。)を求めうるものではなく、第一次仮処分とは一応別個に被保全権利ならびに保全の必要性の存在につき主張および疎明をしなければならない。そうすると債権的請求権(例えば契約関係の終了に基づく明渡請求権)を被保全権利として第一次仮処分を求めても、物権的請求権(例えば右申請人が同時に所有権者であるとき)を被保全権利として第二次仮処分を求め得る場合でない限り、第一次仮処分は単に被申請人に関する心理強制以外に実効はない。従ってこのような債権的請求権を被保全権利とする場合は、広い意味で保全の必要性を欠くものということができる。このことはすでに債務名義はあるが何らかの理由で直ちに強制執行をなしえない場合でも同様である。そこで本件についてみると、前記四において認定したように、債権者らの被保全権利は本件和解に基づく賃貸借の解除による債権的な明渡請求権であり、他に債務者らが所有権その他物権的請求権を有することの主張および疎明のない本件においては、保全の必要性を欠くものといわねばならない。しかも保証をもって右疎明にかえることも相当ではない。
六、よって、債権者らの本件仮処分申請を却下することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長井澄 裁判官 松本昭彦 裁判官山田和男は退官のため署名できない。裁判長裁判官 長井澄)
<以下省略>